STATEMENT

控えめな抽象 discreet abstraction

私が見たいのは、既存の作品の記憶や日常の見慣れた視覚をすり抜けた先に見える作品である。

既に多くの良い/美しい作品があるのだから、もはや作らずとも良いではないか、とする考えもあるかも知れないが、それらはインターネットもデジタル写真も低コストの複製技術も存在しない頃に出来たものであり、今とは別体系のの視覚世界での造作物なのである。よって今の視覚経験を消化したうえで制作という営為と結びつけ残すことには意義があるし、そこから既存とは別の美は生じうると考えている。それは自分がたまたま持ってしまったスタイルを既存の作品に結びつけることや、直接的なコミュニケーションで時代感を共有するようなものではなく、距離を感じ取り、その差異を飲み込んだ先にようやく見つかるようなものではないか。その一つの可能性として、「控えめな抽象」という言葉を与えてみたい。

抽象は、認識された時に非対称的なものとして現れたため、何も表象しないもの、あるいはジャンルの自律の問題として半世紀近く展開してきた。しかし私は対象を持たないことよりも慣れた絵画的、彫刻的視覚をすり抜け、切れ目を与えたことにこそに意味があったのではないか、と考えている。抽象は非対象か否かに関係なく生じる。具体的なモチーフを指示するタイトルを持ち、像に結びつけることができるパウル・クレーの作品が抽象絵画の歴史初期でも代表的なものとして認識されるのは、そういうことではないか。

本展に出品するアーティストは、作品の組み立てかたとしては具体的なモチーフを持ち、それの写しであることが多いのであるが、そこから受け取る印象はその意味での抽象だと私が受け止めている作品を制作している。佐々木耕太は実際に行ったことのないアートにまつわる場所の建築模型を制作し、それを描く絵画作品を制作している。図的な要素と油彩のマテリアル、また視点位置の設定によって絵画鑑賞の体験をずらされる。高橋信行の絵画は洋画、日本画、木版画、写真、それぞれの視覚的要素を持ちながら、そのどれにも属さない状態で均衡している。田中和人は写真が視点を持っているという見る側の信頼を巧みに操ることによって写真的視覚を脱臼させている。松延総司は物体をトレースし、テクスチュアをずらすことで日常的に物をみている感覚に介入している。

彼等は具象的手法を転用することで作品を制作しているが、そこから受け取るのは既存の作品の感覚をすり抜けた、別体系の作品感覚であり、あからさまな抽象ではないー控えめな抽象である。

2015年10月 末永史尚 (Maki Fine Arts 5周年記念展 「控えめな抽象」(末永史尚キュレーション) 展ステイトメント)

アンシャープ

関心を持ったモチーフを採寸し、同じサイズでパネルを作る。そしてパネルの各面にもとのモチーフの表面を描き写す。

描き写すといっても油彩画で克明に質感を描写するわけではない。各面に単純化した図を描き近似した色で塗り潰し、その面だけではそれが何であるかが把握しづらいくらいに多くの要素を省略している。絵具の質も均質である。また、図を起こす際もほぼ採寸通りでおおまかな面積などに変更はない。

個別性を奪いつつ物としての特徴を残すこと。それがそれと判断されているポイント―例えば立方体の角の角度、使われている色の関係―を判断し、その感覚を形として残すこと。

これは絵画がずっとやってきていた三次元のものを二次元に写す際に生まれる視点の設定やそれを決定する恣意性を避けたいと考えていたことが反映されているように思う。そして「塗る」という絵画制作にとっては作業にすぎないことを使用して制作することで、あからさまな名人芸からも距離をとろうとしているようにも思う。

そうして生まれた作品は、例えば額縁を描いた絵が美術館の展示室の壁に掛けてあったり、あるいはギャラリーの隅に段ボール箱をモチーフにした作品が置いてあったりなど、モチーフとなった物があってもおかしくない場所であればそれが作品に見えず、多少の混乱を生むかもしれない。

2015年7月 末永史尚

ステイトメント

自分が育った場所や時間、今のの生活をうつしだす絵を描く。

そもそも自分は印刷物やテレビ等間接的に知識を与えてくれるものに囲まれて育ち、絵画すら実物より図版をとおしてみてきている。
そのことをてがかりに、雑誌や漫画、写真や既存の作品を素材として、印刷物の網点を拡大したり、漫画ののふきだしを切り抜いて色を塗ったり、イメージをそのまま写しとったり、と手を加え眺める。
眺めながら、ぼんやりとみえてくる次の姿を見つけ、そのぼんやりをちょっとずつぬぐうように色をのせたり別の層をかさねてみる。

絵を描くことは散歩のように予想外の出来事やまちがいを楽しみたいのでただ機械的に写すのではなく筆で描いたり貼り付けたりと手作業を繰返していく。
そうやってただ自分の視覚が反応できるものを探す行為を繰り返しています。

2004年初出、2013年更新